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土地建物等の譲渡損失の扱い

第117号 2011年1月

1.はじめに

昨年末に発表された平成16年度の税制改正の内容で一番驚いたのが、個人の土地建物等の譲渡損失にかかる税金の扱いの改正です。

新聞紙上ではあまり大きく報道されませんでしたが、我々専門家の間ではビッグニュースなのです。

2.改正前(昨年まで)の譲渡損失の扱い

改正前、つまり昨年までにバブル期に購入した土地建物を、大きな損失を出して売却すると、別荘など生活に通常必要でないものでない限り、給与所得などの他の所得と相殺することができました(損益通算)。

更に所得税の青色申告をしていれば、譲渡損失があまりにも多額で、譲渡した年の給与所得などから相殺しきれない譲渡損失の額については、翌年から3年間にわたって繰越して、翌年以降の給与所得などと相殺することができました(損失の繰越控除)。

3.改正後(今年から)の譲渡損失の扱い

「特定の居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除制度」と今年から新しくできる「特定の居住用財産の譲渡損失の繰越控除制度」のいずれかに該当しなければ、損益通算や損失の繰越控除を受けることができません(青色申告をしていても)。

このふたつの制度は、所有期間が5年を超える居住用の不動産が対象であるため、これ以外の不動産を今年に売却して多額の譲渡損失を出しても一切税金が安くなることがなくなるのです。

4.「特定の居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の
繰越控除制度」

(1)制度の内容

居住用財産を譲渡したことにより生じた譲渡損失を、他の所得と相殺することができ(損益通算)、かつ、相殺しきれない譲渡損失については翌年から3年間にわたって繰越して他の所得と相殺控除することができる(損失の繰越控除)。

(2)制度適用要件の概略

  • 所有期間が5年を超える居住用資産を譲渡して譲渡損失が生じること
    昨年までは、譲渡する居住用資産にも10年以上の住宅ローンが付いていることが要件でしたが、今回の改正でこの要件はなくなりました。
  • 配偶者や身内に譲渡したものでないこと
  • 譲渡した年の翌年までに新たに住宅を取得してその翌年までに住むこと
  • 買い換えた住宅を取得するために10年以上の住宅ローンを組んでいること
  • 合計所得が3千万円を超えている場合は譲渡損失の繰越控除は認められない

5.「特定の居住用財産の譲渡損失の繰越控除制度」

(1)制度の内容

制度の内容は上記の「特定の居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除制度」と同じ「損益通算」と「損失の繰越控除」です。

しかし、この制度の場合には損益通算する損失の額、損失の繰越控除をする額に以下のような制限があります。

(2)譲渡損に対する制限

この制度では、譲渡した所有期間が5年を超える居住用資産に住宅ローンがついていることが要件になっています。そして譲渡損失が出て、他の所得と損益通算したり、翌年以降に損失の繰越控除をしたりすることができるのは、住宅ローンの残高金額より 売却金額 が少ない場合に限られます。

つまり、自宅を売却しても、その売却代金では住宅ローンの残高を返済できないケースに限られているのです。  そして、譲渡損失の内、住宅ローン残高 - 売却金額 の額だけが、損益通算ができ、余りあれば繰越控除をすることができるのです。

(3)具体例

  • 住宅ローン残高 3,500万円
  • 取 得 価 額 4,000万円
  • 売 却 価 額 2,500万円
  • 給 与 所 得  600万円
●譲渡損失の計算
4,000万円-2,500万円=1,500万円
(取得価額)(売却価額)
●損益通算できる譲渡損失の計算
3,500万円-2,500万円=1,000万円
(ローン残高)(売却価額)
譲渡損失1,500万円の内、損益通算の対象となる損失額は1,000万円ということになります。
譲渡した年の給与所得は600万円ですので損失額1,000万円の内、600万円は給与所得と損益通算され、この年の課税所得はゼロとなります。
●繰越控除される損失額の計算
1,000万円-600万円=400万円
(損益通算損失) (給与所得)
損益通算できる1,000万円の損失の内、600万円は給与所得と損益通算したわけですから、その残りの400万円が翌年以降に繰越されて、翌年以降の給与所得などと損益通算されることになります。

6.含み損を利用した節税ができない

居住用資産で上記の2つの制度を利用できれば、不動産の含み損を他の所得と相殺することにより税金を安くすることができます。しかし、それ以外の含み損を抱えた不動産をもう売却しても節税メリットはシャットアウトされてしまいました。

例えば、個人で所有している含み損のある不動産を自分の会社に売却して、譲渡損を計上することにより、かなりの節税メリットがあったのですが、これも上記の2つの制度以外できなくなりました。

7.なぜ電撃的にやったのか?

今年に含み損のある不動産を売却して、少しでも節税しようとしていた人にはあまりにも唐突な改正です。

かなり批判もあったためでしょうか、自民党税制調査会が党所属の国会議員に対して損益通算の廃止に理解を求める文書を配布したとの記事もあります(ニュースPRO)。その配布文書によれば、「損益通算を経過的に存続するということになれば、それまでの間にあえて損を出すための安値売りを誘発する可能性があり、土地市場をかく乱する恐れがある」として、唐突な損益通算の廃止に理解を求めているとのことです(ニュースPRO)

アトラス総合事務所 公認会計士・税理士 井上 修
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